目標設定して断念してしまう理由

 今年最初の満月は、雨模様で曇ってて見えませんでした。

満月は、ご希望の方へアバンダンティア様のヒーリングを送らせていただきました。
今回のヒーリングは、流れているのに逆流を感じたヒーリングを感じました。

その意味は、
目標を設定すると、足ふみすることがありませんか?ってことです。

それって、どういうことかと私は、自分自身に落とし込んで考えていたんですね。
そして、私は、小学生の頃思い出したんです。

忘れもしない7歳の時です。 私は、計算が苦手で、あまりにも出来なくて、強引に、そろばんを習わされた7才の時です。

今考えたら、ビックリなくらいの劣等生で、ほとんど、算数0点。笑笑笑

今思えば笑うけど、当時の私の親は、深刻な悩みだったと思います。


いやーマジです!
先生の言ってる意味が、さっぱりわからなかったのです。

普通の算数の授業についていけなくて、
そのころ、小学校には、特殊学級というものがあり、
一般人より、脳の発達がおくれ気味の子供たちのクラスがありました。
私は、そのクラスに入るかもしれないと・・・

今でも覚えてるのは、指が5本しかないので、両手で10本以上の計算をどうやってするの?
と、いう思考だったんです。

いつも計算のテストは、1つか2つ正解があったら、喜んでたレベルでした。親は、心配しつつ諦めモードでしたが、そんな私を見守ってくれてました。
押しつけられることはなく、親は、珠算をに入ったほうが良いと判断したようでした。

私は、普通の計算ができないので、そろばんなんて出来るわけがないと思っていたので、
行きたくない、と断っていたのですが、
近所の友達と一緒にいけば楽しいからって言われて習い始めた気がします。
当時、皆が、珠算かオルガンを習ってた時代でした。

通いましたけどね、
合計が2桁以上になると、そろばんでも、わからなかったという・・・
あほすぎて自分でもあきらめモードで通いました。
相当、頭悪かったです。

呑気な親が心配そうにしてたのを思い出しますが、
私がそろばんに行きたいと言ったわけじゃないから、「ま、いいか、」ってことにしてました。
本当に、あきらめていたのです。

それでも、毎日休まず通っていたけど、計算の仕方が府におちてないと感じながら、
半分は正解くらいのレベルでした。
でも、腑に落ちてないので、計算の仕方に理解できてなくて、
このころ、ごまかしながら進んでたと言えます。
通うのが嫌になってきたころです。

そんなとき、親は、私の友達にヘルプを求めてくれていました。
そろばん塾に行くのを嫌がる私を迎えにきてあげてって。

私が嫌々ながらも友達がわざわざ誘いに来てくれて、アホな私を応援してくれてたので、
仕方なく、なんとなく毎日そろばん教室に通っていたのです。


今思えば、私は、一桁の足し算だけは、出来るようになりたかったのです。 それだけを頑張ろうと毎日通っていたように思います。 実は、1年目、皆勤賞でした。笑 
嫌々通って。。。
でも、毎日通ってたのが、笑えるんですけど。

どうしても、その1桁の足し算ができる世界に行きたかったんですが、
それよりも、その時の私は、皆勤賞の景品が欲しかったというのもあります。
魅力的な景品がたくさんあったのです。。。意味わからん動機。笑

 でも、0点からは免れてることがあったものの
簡単な昇格試験は誰もが合格するレベルなのに、落ちてばかり。
誰もが簡単に通る検定に2年間10回くらい落ちたと思います。

裕福とはいえない家庭で、その試験代金が勿体ないという後ろめたさもありました。
だけど、親には申し訳ないと思いつつも、お金のことより、こんな情けない自分が変わらないと申し訳ない気持ちのほうが強かったように思います。応援してくれてたし。

 そこで、わたしは、はっ!と気が付いたことがありました。
試験を受かることが目標ではない、と思ったんですね。
ただ一桁の計算が出来るようになること、
テストなんて受からなくてもいいんだ、と思考をそれだけにした、

その1年後ー

もちろん、毎日通って皆勤賞。笑
最初の1年目と違ったことは、何か突破したのか、計算の方法がわかったのです!

相変わらず、先生の言っている意味がわからないのですけど。笑
自分なりの計算方法がゲットできた!
そういう感覚です。

みんな、それが、わからないんじゃないかなと・・・
後に私は、パソコン講師になるのですが、
ただ、専門用語がわからない人や簡単な操作でも戸惑う人と出会うたびに、
幼稚園生の気持ちになり教えることが出来たかなと思います。
今は、タロットや数日などの講座もさせていただいてますが、
誰もがわかっていただけるようなレッスンを目指したいと思っています。

話しは戻りますが、方法がわかると、計算がスムーズになりまして、
なんと昇格試験はトントン拍子で合格しだしました。ほぼ満点に近い点数でした。
2級で一度不合格になりましたけど、次の2級はすべて満点合格、
そして、小学校卒業する時には、段位合格、暗算は3段合格しました。
その珠算塾の最下位の生徒がトップになり
珠算塾の全国大会代表の1人に選出されるまでなっていました。
数々のトロフィーを貰えたり、満点合格の記念盾なども貰ったり、
賞状もたくさんいただくようになったのです。
でも、気がつけば、平日もそろばん塾に通い、週末は、大会に出て遊ぶ時間が少なくなっていました。私の小学生時代は、そろばん中心になっていました・・・
スムーズにのし上がったあとは、
結果を得なければならないとういうプレッシャーもあったと思います。

そろばん続けるのにしんどくなってきていたのです。


私のほしいものは、

トロフィーもらえるとか すごいと言われることじゃなかったなぁ。

そんな気持ちが芽生えてきて、小学校卒業して、スパッとそろばんを辞めたのです。

トロフィーなどは、どこにいったかわかりません・・・
でも、
皆勤賞に貰った小物入れは飾ってボロボロになるまで使っていました。

足し算出来ることだけを毎日頑張っていた証が、皆勤賞の小物入れだったのかな。


今回は、その気持ちを思い出させてくれたヒーリングとなったように思います。

泣いたこともたくさんあったけど、


「~したい!」

その気持ちが力になります!!!


それが、今の私の自信となり軸になったこと、改めて再確認しました。

もし、私が、最初から、

「珠算大会に出るんだ!」
「この塾のトップになるんだ!」

と、いう大きな目標をもっていたら、

きっと、今の私はありません。

数が得意になることでパソコン知識も活かすことができるようになりました。
(※実は、パソコン、プログラマーでも、できないダメダメ私だったんですよ。
これも次回に詳細を書きたいと思います。)


 大きな目標を持っていたら、 たぶん、もう1年で終わっていたでしょう。
無理!と、途中で挫折していたはずです。

最初は、自分の許容範囲でのステージを目標にすることで、
必ず、次の世界がみえることを経験した小学校時代です。

大きな目標を立てていく人も良いんですけど、逆流に負けてしまうこともあると
今回の女神さまは教えてくれたように思いました。


泣いたことは、もっともっと頑張りたいからの証です。
何もないスムーズにいく人生って、あるのかなぁ。
すべてのことに感謝しづらい人間になるかもしれませんね。

 

豊かさっていうのは、
感謝できる気持ちに気づくことだと思うんですよ。

 

満月の日、天候が悪くてお月さまはみえなかったけど、

家に帰宅したら、
小さな訪問者。。訪問物?が来てました。

 

 


 

と、目線で訴えられてる気がしました。

玄関の前で何を企んでたのか。
庭のフルーツ食べまくり野郎です。

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